
むかし、どんな漁をしてもいつも豊漁の漁師がいました。ところが、近頃その漁師がまったく蛸を持って帰らなくなりました。それを不思議に思った妻が聞いてみると「私はケンムンが一緒になって漁をすればこそ豊漁になるのだが、ケンムンが、この世で一番恐ろしい八つ手(たこ)だけは獲るなと言うので蛸を持って来ないのだよ」と答えました。

それを聞いた妻は、それならば今度からは「お前が恐ろしいものは八つ手だが、俺が恐ろしいのは金のかたまりだと言って話しなさい。そして、蛸がいたら隠れて獲って「ほら、八つ手」と言ってケンムンの前に差し出しなさい」と言いつけました。

その夜、漁師が漁をしようと海に出ると、ケンムンが「今晩も一緒に漁をしましょう」と声をかけてきました。漁師はいつものように漁をしながら、ケンムンに「あなたが八つ手が恐ろしいように、私は金のかたまりが恐ろしいのだよ」と言い、蛸を見つけると偶然、「ほら、八つ手」と言いケンムンの前に差し出しました。するとケンムンは飛び跳ねて驚き、あっという間に逃げて行きました。

家に帰りそのことを妻に話すと「それなら、今晩は家の戸を少し開けておきましょう」と言いました。その明け方、ケンムンは仕返しのために金庫箱を担いできて家の中に投げ込んできたのです。ケンムンの嬉しい仕返しにより、その漁師夫婦はお金持ちになったそうです。

(奄美の民話 ケンムン話特集より引用 話者 川畑豊忠)
ケンムンは魚や貝を主食とし、特に魚の目玉を好むといわれる。漁師が漁に行くと豊漁になるのだが、どの魚も目玉を抜かれていたという。海の幸は好きだが蛸とシャコ貝だけは苦手と知られている。

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